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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(オ)871号 判決 1977年3月31日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人伊藤静男、同水野弘章、同復代理人吉田允の上告理由について

原審が適法に確定した事実は、(一)、被上告人はメーカーの販売系列の末端に位置する自動車販売会社であり、訴外株式会社油や(以下、「訴外会社」という。)は自動車、油類等の販売を業とし被上告人に対し自動車の買手を紹介して売買契約を成立させ手数料を受領することを営業の一環として行つていた、(二)、被上告人は昭和四三年六月五日訴外会社に対し、割賦金の支払いが完了するまで売主である被上告人のもとに所有権を留保する特約付割賦販売の方法で、被上告人所有の本件自動車を売り渡した(以下、この売買契約を「第一売買」という。)、(三)、訴外会社は、これと同時に、ほぼこれと同一の条件で、上告人に対し、上告人振出し訴外会社宛の約束手形を徴して割賦販売の方法により、本件自動車を売り渡した(以下、この売買契約を「第二売買」という。)、(四)、被上告人は、第一売買に際し、第二売買が行われることを予定しかつ承諾をしていたのであり、本件自動車の登録手続をするにあたり使用者名義を上告人とする旨の登録を経由し、自動車損害賠償保障法に基づく保険の手続においても上告人を保険契約者として手続をするなどの協力をした、(五)、ところが、被上告人は、第一売買につき、訴外会社がその第一回分の割賦金の支払いをしなかつたことを理由として、これを解除した、というのである。

ところで、ユーザーがサブディーラーからディーラー所有の自動車を買い受け代金を完済して引渡しを受けた場合において、ディーラーが、ユーザーのための車検手続等を代行するなど右売買契約の履行に協力しておきながら、右売買契約を完成するためにサブディーラーと締結した当該自動車についての所有権留保特約付売買契約をサブディーラーの代金未払いを理由として解除したうえその留保所有権に基づいてユーザーに対し右自動車の返還を請求することは、ディーラーがサブディーラーに対してみずから負担すべき代金回収不能の危険をユーザーに転嫁しようとするものであり、自己の利益のために、代金を完済したユーザーに不測の損害を蒙らせるものであつて、権利の濫用として許されないと解すべきことは、当裁判所の判例(最高裁昭和四九年(オ)第一〇一〇号同五〇年二月二八日第二小法廷判決・民集二九巻二号一九三頁)の趣旨とするところである。

本件において、訴外会社は被上告人の締約代理商にあたるものとはいえず、両者の間の第一売買が単にその内部関係を処理するための形式的なものにすぎないとも速断し難いことは、原審の説示するとおりであり、また、第二売買の代金も割賦払いであつたため被上告人による本訴提起の当時は右代金が完済されるに至つていなかつたものと推認されるから、その当時を基準とする限り、本件は右判例とは事案を異にするけれども、記録によれば、上告人は本訴において第二売買の代金を既に完済した旨の主張をしているのであつて、原審の前記の認定事実に加えて右主張事実が認められるとするならば、本件においても、上告人が第二売買の代金を完済しても、訴外会社による第一売買の代金支払いがない以上は本件自動車の所有権を取得することができないことを諒承していたなど特別の事情の認められない限り、上告人としては本件自動車の所有権を取得することができるものと考えるのが取引当事者の通常の意思に合致する所以であり、被上告人としてもそのような結果となることを容認していたものというべきである。したがつて、少なくとも第二売買の代金完済の時点以後においては、被上告人が訴外会社に対する留保所有権を主張して上告人に対し本件自動車の引渡しを求めることは、上告人に不測の損害を蒙らせることとなり、権利の濫用にあたるものとして許さないと解するのが相当である。

しかるに、原審は、上告人の右代金完済の主張事実につき何らの判断をしていないばかりか、首肯するに足りる理由を示すことなく、上告人が他人の物の売買たる範ちゆうを出ないことを甘受して第二売買を行つたと認めざるをえないと判示して、前記の特別の事情の存在をたやすく肯認し、上告人の抗弁をすべて排斥しているのであり、原判決には、ひつきよう、理由不備の違法があるといわざるをえず、この点の論旨は理由がある。右のとおりであるから、原判決は破棄を免れず、更に上記の点につき審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すのを相当とする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸 盛一 裁判官 下田武三 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)

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